Sunday, June 04, 2006
Friday, May 19, 2006
今日はとてもすてきな朝を過ごした。友達がSOHOにあるオーガニックレストランに連れて行ってくれて、そこで朝食をとる。絞りたてのオレンジジュースとフレンチトーストを頬ばりながら、いろんな話をして、仕事に行く彼女と別れた後は、ひとりでブックストアへ。この小さい本屋は、とてもいいコレクションをしていて、すてきなカフェもあるので気にいっている。そこでコーヒーを飲みながら、静かなひとときを過ごす。こんなゆったりした時間を持ったのは何年ぶりだろう。昔はよくカフェで書き物をして過ごしたけれど、子供をもってからは、子育てと仕事に追われる毎日だったから。こういう時間も時々必要だよね。
外に出たら、風が気持ちよくて、日差しが温かかった。
Monday, May 15, 2006
私のお気に入りの写真家Wolfgang TillmansのショーをPS1でやっているので、観に行ってきた。ちなみにPS1も私のお気に入りの美術館。Moma(近代美術館)の分館でクイーンズにあるのだけれど、元パブリックスクールだった建物をほとんどそのままの状態で美術館として使っているので、展示の仕方もなんだか新鮮で、新しいアーティストの作品が多いので面白いし、夏のパーティも楽しい。今まで何度も足を運んでいるのだけれど、今日初めて屋上があることを発見。カフェのサンドイッチもおいしかった。
さて写真展の方は、カメラを使わずに紙と光だけで作ったアブストラクトの作品中心。彼はドイツ生まれの写真家で、日本に住んだこともある。コンコルドの写真集だったら、みんな見たことあるかな。私は初期のポートレイトとかの写真が好きなのだけれど、彼はいつも新しい視点から様々な写真を撮っていて、そのどれも美しく見せてしまうからすごい。とてもシンプルな人だということも伝わってくる。
こうやってアートに触れたりして、心の栄養をとることはとても必要。最近、健康的な食事を心がけているのだけれど、心に入ってくる物も、食べ物と同じくらい大切だよね。
Saturday, April 08, 2006

ニューヨークの街はそんなに綺麗じゃないけれど、通りを歩いてるだけで、いろいろな発見があるからおもしろい。
今日ミッドタウンを歩いてたら、アパートメントビルディングのある窓辺に、いくつか写真がディスプレイされているのが目に入った。近づいて見てみると、どれもJames Deanの写真。若い時に彼の写真を撮ったフォトグラファーの家らしい。入り口に、”roy schott photograpy"と小さな看板が出ているのに気付いた。James Deanの写真を撮ったってことは、彼はきっとおじいさんなんだろうなあ、他にはどんな写真を撮ってきたんだろう。今もまだ仕事をしているのかな。そうやって見ず知らずの誰かの人生に思いをめぐらすのが私は好きだ。結局、真実を知る事はできないのだけれど。
Wednesday, April 05, 2006
6時間という長い映画を観た。"Meglio gioventu,La"(2003)というイタリア映画。ニコラとマテオという兄弟がそれぞれ歩んでいく人生を軸に、彼らの家族を三十数年にかけて描いた映画で、長いのに全く退屈しなかった。(もちろん二日かけて観たけど。)家族ってすばらしいと思わせてくれる映画。今の世の中でこういう映画に巡り会う事は珍しいと思う。というか、家族ってすばらしいってことに、同調できる人自体が少なくなっているのかもしれない。
私のパートナーは10人兄弟の下から2番目。私はまだ彼が生まれ育った国コロンビアへ行ったことがないから、彼の家族全員には会ったことないのだけれど、彼の話を聞いたり、彼のお姉さんたちに会ってみると、大家族っていいなって思えてくる。みんなそれぞれ様々な生き方をしていて、それでも必要な時は助け合っていく。彼のお母さんは今年80歳。その記念にお姉さんが作ったビデオを見せてもらったら、泣きそうになってしまった。家族を築いていくことって、とても大切な仕事なんだよね。時代は変わって、家族にプライオリティーが置かれなくなっても、やっぱり人は心の中で家族の絆を求めているんだと思う。
Saturday, April 01, 2006
泣いて目が覚めた。夢を見てた。上の子を学校に迎えに行くのを忘れて急いで出かけたら、今度は下の子を外においてきぼりにしたまままなのに気付く。探しに行く私は家の前で、友達が私の子を連れてきてくれたのにばったり会う。"Did you forget about me?"とその2歳の子から言われ、私はごめんね、と言いながら彼を抱きしめ、泣きじゃくっていた。
きのうは悪夢を見た。私はどこか知らない土地の宿みたいな所にいるのだけれど、そこにいる人たちの様子がどこかおかしいのに気付く。そしてふと、彼らは皆すでに死んでいることに気付くのだ。私はすぐにそこから逃げ出すのだけれど、近くを通るたびに、その場所の誰かが私を引き込もうと手を伸ばしてくる。目が覚めたら、ぐっしょりと汗をかいていた。生と死の境に行ってきたみたいな気になった。
そういえば、10年くらい前は夢日記みたいなものを付けていて、毎日続けていると、だんだん夢をよりはっきりと覚えていられるようになったものだ。夢をコントロールすることも可能だと、本で読んだことがある。今は夢のことなんてほとんど考えなくなってしまったけど、久しぶりに鮮明な夢を見ると、やっぱり夢は私たちの人生の一部で、大事なメッセージを送っているのかもしれないと思えてくる。私たちが夢と現実の両方の世界に生きているとしても、不思議ではない。
健康上の理由で3ヶ月もブログを更新できずにいましたが、またこれから書いていきます。
Tuesday, January 24, 2006

今日は一日ダンナとけんかばかりしていた。何を話してもなんだか噛み合なくて、こういう日はたまにあるのだけれど、昔の私だったらすぐに家を飛び出して、どこか遠くへ向かうバスに飛び乗っていただろうなあ。先週病院にいた時はあんなにやさしかったのに。。
子供の頃、私が風邪をひくと、母は会社勤めの帰りになぜかいつもヨーグルトを買ってきてくれて、別に普段も時々ヨーグルトを食べているのに、風邪のときに母が買ってくるヨーグルトは特別な味がした。「宿題は終わったの?」などといつもうるさいおばあちゃんも、私の具合が悪い時はそっとしておいてくれて、風邪をひくのも悪くないな、なんて思ったものだ。
そう、人は体を壊したり、心を壊したりした時に、自分を支えてくれている人たちの存在に気付くのかもしれない。逆に、普段憎たらしく思える人も、その人の弱い部分を見ると、急に愛おしく思えたりする。自分の調子がいい時はひとりでもやってゆけると思い込んでいる。でもどこかでつまずいたりした時に、手を差し伸べてくれる人、それが家族なんだと思う。
そんなこと考えもしなかった十代の私。今になっておばあちゃんにもっとやさしくすればよかったなあ、とつくづく思う。
そうだ、けんかのことは忘れて、今日は何かダンナの好きなごはんを作ろうかな。